進め止まるな日本語

日本語停滞期、明け。

最近なんか鈍ってんなあ冴えないなあ頭に出てこないなあと思ってた日本語がやっと帰ってきた、はないんだけど、背中見えてちょっと触れられたような気がする。

 

昨日の己のツイートがかなり好きという話。

 

時間って動き続けるから止まらないし一方通行だから戻れないし先回りもできないから、動きながら空いた分をかき集めるしかないけど、でもそれって同じじゃないし。一つ一つ違う価値だから、どれだけ集めたらピッタリ埋まるとかそういうのは無いんだけど、今こそ今こそ今こそ今こそ取り戻すしかねえ〜〜〜〜〜と思う。同じものは2度とないから取り戻せないんだけども。

時間の尺、密度、なんだ 取り戻せないけど、弁説上取り戻すという言葉を用いていて、確かに取り戻しているような感覚を感じている。いや 取り戻せてないんだけど。もうどこにも2度と無いんだけど。

 

繊細で光っていて鋭利な感性に触れると、自分の感性も研ぎ澄まされる気がする。

 

好きを前にすると好きしか出てこないから好きとしか言えないんだけど、それで充分なんだけど、自分の研ぎ澄まされた日本語で好きを表したいような、好きの二文字で充分のような、ような、ような。

 

ありふれた気持ちだとか生活の一部をどれだけ端的に、フィットするように表せられるか、常 試されている。いる?

 

好きの羅列、見たものの羅列、感じた事の羅列羅列羅列羅列を指滑らせながら羅列羅列羅列している。

 

日本語の背中まだ見えてるか?目が眩んでんな

サングラス用意、視界陰らぬように 投げ捨て、直視。いいか?